長崎大水害24年・蝉の不思議。

長崎大水害から24回目の夏を迎えた、忘れもしない7月の23日、夕刻から振り出した雨は留まる事を知らず市内、浦上川、中島川は濁流と化し沿道に溢れ人も車も立ち往生、或いは濁流に飲み込まれ多大な犠牲者を出した、300人位の犠牲者であったろうか、水害が元で会社倒産に追い込まれた企業も少なくない、以来県は河川の拡幅工事に着手、中島川は現在でも工事中である。
私は仕事がらみで外食し帰宅途中にUターン、長崎大学の構内で一晩送る羽目になる、自然の猛威の前に為す術も無く人間の無力さを痛感した者である。
ジャワの津波も大災害であるが二年前のスマトラ沖地震津波の教訓が何ら生かされていない、所詮自然には敵わない、自然に対しては不可抗力なのだ。
不可抗力と言えば先日、ある人から行政の管理者責任を求める相談があった、此れなどは人災である、役場に補償責任を求め一応の回答を得、感謝された。
この大雨で梅雨もオサラバと思う、この多雨で一番被害を受けたのは「蝉」ではないか、
我が家の庭先で誕生した蝉が今年はまだ三分の一位、出てくるタイミングが取れずに地中で生涯を終えるのではないかと心配、それにしても蝉は不思議な動物である、地上に出て
繁殖の使命を終え一週間の命を樹木で果てるのであるが、卵が如何して地中に潜るのか、普通、虫であれ動物であれ生活の場で孵化、誕生し生育の後、生涯を終える、蝉だけが
何故地中に入らねば成らないのか?不思議な現象である、それも7年の長きに至る。
縁があって我が家に居ついた蝉であれば「家族」に等しい、蝉人生をマットウさせてやりたい。
人に生まれるも蝉に生まれるも紙一重、自然界の輪廻転生は存在する。