親に勝る存在はない。


人生半ばを過ぎ分別ある筈の人間が親殺し事件で検挙される。
動物の世界でも有り得ない事が教育を受け衣食住に不自由のない人間社会で多発する事の不思議さ、動物の視点では説明がつかない、もはや人間社会は動物以下の生き物になってしまったのか。
母性本能と父性の使命感で親は我が子を育み自立が出来る時期まで養育する、ここまでは動物も人間も同じ過程を辿る。
動物界は生存競争が厳しく愛する子供であれば敢えて「千尋の谷に突き落とす」過酷な試練を与え強靭な体力と精神力をつけ生きる力をつけさせる。
人間社会でも同様に「かわいい子供には旅をさせろ」苦労した部分だけ人間が出来る。
親の気配りと愛情は見えない処に見える部分の20倍30倍の配慮と情愛が処方されている。
親の子供に対する養育は無償の愛である、私も片親で育ち母親には大変な苦労をさせてしまったが、振り返つて見れば大した親孝行もせず寂しい思いをさせてしまった事が悔やまれる。
動物社会では親孝行の事例は見ない、親孝行は人間社会特有の慣習かも知れないが反対の親不孝も人間社会のみの事象。
「親なくして子が存在する訳はなく」当たり前の事であるが現実にはその自覚がなく、独りで生まれ独りで大きくなったような感覚の人間が社会の大半を占めており、難しくしている。
動物社会では獰猛な狼でさえ親子で過ごすひと時の表情は穏やかで慈愛に満ちている、人は動物から学ぶ余地が沢山ある。