人生の不幸「五つの条件」


先日、幸福の条件を書いてので今日は真逆に私が考える「不幸の条件」を整理してみたい。
単純に言えば「幸福の定義」の対極に有る状況であるが、果たしてそうであろうか。
「10人居れば10通り」で有ろうが、私には物理的に恵まれない状況より一番の不幸は「自分の事を自分で出来ない事」かと思う。
人の世話になって暮らすこと程、惨めで心苦しい事はないのでなかろうか。
幸いというか私には未体験の世界であるが他人の情けに縋って生きる事は死ぬ事より恐ろしい
世の中には私にとって死ぬことより恐ろしい状況で安穏と暮らしている人間が沢山居りそうだが彼らに本心を聞いてみたい気がする。
私が考える最大の「不幸の条件」この状況さえ回避できればその他の条件は我慢できる、健康でなくても息さえできれば生きていける、金が無くても最低の生活は何とかなる、美しい事を感じる能力が無くても苦しみは襲って来ない、人と仲良くしていく能力が無くても「深海魚=写真」になったつもり暮らせば其れなりに楽しいかもしれない、朝起きた時、何もする事が無くても「色即是空」の精神を持てば新しい世界が見え却って「自由」を満喫し生きる喜びが生まれて来るかも知れない、最後に他人と比べ「人生の不幸」に気づいても、余命幾何ぞ先は短かく「死」は万人に訪れる訳で諦観の境地にたどり着く。
深海魚を引き合いに出したが「深海魚」の心中は測れず、案外 「深海魚」は自分ほど魚類の中で恵まれた存在は無いと至福の世界で生きているかも知れないし、人間の幸も不幸も「心の持ち方ひとつ」で出来上がる不安定な精神状態かも知れない。