存命の喜び・・・

写真掲載を試行錯誤しているが未だ解消されていない、コロンブスの卵と同じで要領を得すばなんてない事だろうが、独学の悲しさ中々応用が利かない。
国難突破選挙も形勢がぼつぼつ見えて来た、総理も開戦前とすれば余裕が出来たのか本日長崎に入って来た、自民党が勝っても負けても政権党の評価が上がる訳でなく外野席から見れば勝者も敗者もない選挙戦の様に思えて仕方がない。
どちらが正しいわけでもなく信任されたと言えども未来永劫付託された訳ではない、ただ「今回は多数であった」だけの事、勝ったの負けたと一喜一憂してもその場だけの事、大きな系譜で見れば途中経過でしかなく、選良達にはもっと歴史的世界観、真理感、使命感を持って政事(まつりごと)に尽力して貰いたいものだ。
安倍政権、自民党に対する評価も現在と将来では異なる評価を受け、小池都知事に対する評価もまた同様であろう。

徒然草に「存命の喜び、日々楽しまざらんや」とある、意は云わずもがなであるが、対極には日々存命の有難さを忘れて、権力に執着する人間が何と多い事か、今も昔も兼好法師の時代から人の道を弁えない輩が多かったのだろう。

欧米始め先進諸国、民主国家と雖も最高権力者は一人でその権限は絶大である、その気になれば権力者に阿る側近で脇を固め、独裁政治が可能な体制を作り、反対者を悉く排除する。
民主主義は聞こえは良いが選挙に勝てば官軍、政権保持の為に勝組同志互いに談合、人事配置から政策法案まで議事堂で無く密室で方向性が決まる。
人生80年時代、気が付けば後期高齢者は死神と隣同士で生きている、各々が命を懸け「波乱万丈、人生劇場の主役」を演じ辛うじて今日まで生き延びて来た同世代、せめて此れから穏やかで平和な日々を送りたいと願う年代に、今の時代は平和すぎて不条理で不愉快な事件が多すぎる。