晩成を期す。


番犬 カンタローも我が家に飼われて早12,3年が経過した、最近では老化が激しく反応が鈍いし感情も穏やかになっている、餌に対する好みも我が儘になり安物のドッグフードには余り食い付きが悪くなった。人も犬も「大して変わらんな」と思う、若しかしたら犬の方が最後まで自立し野生的な死に方をするのではないかと思ったりしてきた。
今迄、遮二無二生きてきたが、今年から余り世間に執着せずに暮らすことにした、行きがかり上受けてきた役職も返上して好きな立場だけ維持して行こうと考えている。
知人達は沢山いるけど「友人」となると少数、自由な時間を共有したい友人はホントにごく少数。
私は友人知人に恵まれ楽しく有意義な交友関係を今日まで維持してこれたのも彼らのお蔭、感謝せずには居られない。
一期一会の人生で先立った彼らに何もできなかった事が悔やまれる、今年は早い時期に八十八か所参りを達成する中で彼等に対する報恩の行脚としたい。
人間50年、下天のうちにくらぶれば夢まぼろしのごとくなり・・・今や人間80年、余命30年を頂き人はどれだけ進歩したであろう、精神的に寿命が延びて思考は退化したのではなかろうか。
私も余命、あと数年を数える年令に来た、精神の晩成を願い日々謙虚に活きたいと考えている。